やきもののふる里  訪ねてみたいやきものの街   越前  

シリーズ 第3回

   越前(福井)  海あり、食あり、歴史あり
              自然に恵まれた六古窯の古さと

越前の窯が注目されるようになったのは、故小山冨士夫によって瀬戸・丹波・備前・常滑・信楽と並ぶ日本六大古窯の一つに加えられた戦後のことです。織田町や宮崎村を中心に200基以上の古窯があり、平安時代末から鎌倉、室町にかけて、甕(かめ)や壷の生産が行なわれていたことや、愛知の常滑焼の影響を受けていたことが明らかになりました。

最初に窯が築かれたのは、現在「越前陶芸村」のある宮崎村小曽原だったといわれています。良質で豊富な陶土や築窯によい立地条件に恵まれ、室町後期には登り窯の導入などにより、北陸最大の窯業地に発展しました。

世界江戸時代中期に一度は衰退したものの、明治以降は先人たちの努力によって次第に復興、昭和45年の越前陶芸村建設によって全国から陶芸家が集まるようになり、昭和61年には伝統工芸品の指定を受けています。

越前の名は、越の国の中でも最も都に近いことから名づけられたといわれています。当時、このあたりの日本海沿岸は、朝鮮半島との交流が盛んであったことから、都に近く、進んだ文化の伝わった越前で焼き物が作られ始めたのも、ごく自然な成り行きでありましたし、当時は今よりももっと「地方の時代」だったかも知れません。

古越前の昔から変わらないのが焼き締めの魅力です。1300度もの高温で長時間焼き締められた茶褐色の陶器には華やかさはありませんが、代わりに素朴さ、温かさがにじみ、地味ながらも控えめな存在感があります。見事に流れ落ちる自然釉、藁灰釉、鉄釉なども見られ、見るものをほっとさせてくれる優しさにも満ち溢れているようです。

窯元が多く集まるのは、越前海岸に近い宮崎村、織田町、朝日町です。窯元めぐりや観光の中心となる越前陶芸村は宮崎村小曽原にあり、陶芸村の施設や窯元は徒歩で回れます。
福井県陶芸館は、広々とした陶芸公園、窯業指導所、窯元などから構成される越前陶芸村の中心施設で、昭和46年、県の工芸振興を目的として建てられたものです。越前焼の歴史を知り、また現代の越前焼の作品を見るのにぴったりで、1階は平安時代の三筋壷はじめ、鎌倉時代の甕、江戸時代の灰釉藁灰流し徳利などの越前焼が200点ほどあり、2階は鎌倉時代の復元穴窯による越前焼や、陶芸村の現代作家の作品を中心に約50点が展示されています。
越前焼の発祥の地として知られ、丹生郡熊谷にあります「水野古陶磁館」は、越前焼研究の第一人者・水野九郎右衛門氏が開設された民間の資料館で、古越前の名品を多く展示しています。




交通はやや不便だが、車での旅なら近辺の観光スポットを組み合わせるのもよいでしょう。越前に行くなら、水仙で名高い越前岬も、ぜひ訪れてみたいところで、開花期は1月から3月で、陶芸村から約12kmと車ならすぐの距離です。「越前海岸」は海岸沿いの奇岩も見もので、特に夕方の景色が素晴らしいところ。夏は海の透明度が高い「くりや海岸」でひと泳ぎするのもよく、国道305号線を北上して「越前がに」の本場・越前村へ向かうのもよし。シーズンは11月〜3月です。
工芸三昧の旅にはとシャレ込むなら、越前焼と同じく伝統工芸品に指定されている「越前和紙」があります。丈夫な越前和紙は、むかし紙幣や古文書を作る際にも利用されたといわれ、いまでも伝統の技が受け継がれています。武生市の北西にある今立町には1500年の歴史を持つ、越前和紙の里があります。鮮やかな色合い、華やかな模様の手すき和紙は、土産品としても人気があります。「和紙の里通り」は工芸品や紙すき体験施設や和紙専門店が立ち並び、散策を楽しむストリートとなっています。
老木が茂る山の斜面に建てられた曹洞宗大本山・永平寺は日本の禅宗の最高峰として名高い聖域で、数百人の雲水たちが修業を行なっています。樹齢600年を超える老杉に囲まれた約10万坪の広大な境内には、七堂伽藍をはじめ70余棟の殿堂楼閣が立ち並び、荘厳な佇まいを見せています。


このほか一条谷には、織田信長の攻撃で滅んだ戦国大名・一条朝倉氏の館跡「朝倉氏館跡庭園」や、今年のNHK大河ドラマ「武蔵」に登場した、孤高の剣士・佐々木小次郎が秘技・燕返しを会得した場所といわれる「一条滝」など、観光には事欠かない歴史の街です。



 

やきものクラブ・楽陶